東京高等裁判所 平成8年(ネ)5739号 判決 1997年6月10日
控訴人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
村田敏
被控訴人
乙川一夫
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、九七五万三〇七八円及びこれに対する平成八年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のそのほかの請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決の主文第一項の1は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、三三七七万〇〇二三円及びこれに対する平成八年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言。
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要
本件は、被控訴人が交通量の多い幹線道路を自動二輪車(以下「被控訴人車」という。)で進行中、前方不注視の過失により、赤信号で停車中の車両の間を縫って道路を横断していた控訴人に衝突し、頭蓋骨骨折等の傷害を負わせた事故(以下「本件事故」という。)について、控訴人が、被控訴人に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事件である。
原判決は、控訴人に生じた損害について四〇パーセントの過失相殺をし、被控訴人に六七九万七九八九円と遅延損害金の支払を命じた。
控訴人は損害額と過失相殺の認定について不服を申し立てた。
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
1 逸失利益について
原判決は、控訴人の後遺障害を、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)一二級に該当すると認定したうえ、控訴人の労働能力喪失率を五パーセントとしたが、この事実認定には誤りがある。すなわち、控訴人の左眼の視力低下は後遺障害等級一二級一号に、左眼の複視は後遺障害等級一三級二号に、顔面の変形による外ぼうの著しい醜状は後遺障害等級一二級一三号にそれぞれ該当するところ、控訴人にはこのほか、首の周辺にも痛みがあり、これは後遺障害等級一三級二号に該当するから、以上の症状を総合すると、控訴人の後遺障害等級は一〇級、労働能力喪失率は二七パーセントと認定するのが相当と認められる。
また、原判決は、控訴人が日本国内で得ていたのと同額の収入を得ることができたと認められる期間を症状固定後二年間とし、右期間経過後は、中国の平均賃金として、日本の平均賃金の三分の一程度を基準に逸失利益を算定しているが、この点についても判断の誤りがある。すなわち、控訴人にはできるだけ長く日本に滞在し、就労する意思があり、実際、症状固定後二年間近く経過した現在も残留し、在留期間が八年半以上に及んでいるのであるから、日本国内で得ていたのと同額の収入を得ることができたと認められる期間を、症状固定後二年間に限定する理由はない。最高裁判例(平成九年一月二八日第三小法廷判決)も、不法残留外国人について右の期間を三年間とした原審の判断を相当と認めている。また、中国の平均賃金を日本の平均賃金の三分の一とした点も、中国の平均賃金が高賃金化している実情を無視しており、著しく低額で、不合理である。
2 慰藉料について
原判決は、控訴人の慰藉料を五三〇万円と認定したが、控訴人が頭蓋骨を骨折し、数日間生死の境をさまよい、現在も激しい頭痛や首、腰、足の痛み、精神的な不安定感にさいなまれていることからすれば、右慰藉料額は、著しく低額で、不十分といわなければならない。
3 原判決は、本件事故についての控訴人の過失を認め、損害につき四〇パーセントを減額するのが相当であるとしたが、被控訴人車が排気量二五〇CCクラスの自動二輪車であること、本件事故時、本件事故現場は赤信号により全ての車両が停止しており、横断歩道を利用すると遠回りとなることから、横断禁止場所とはいえ、停止車両の間を縫って横断してもやむをえなかったこと、被控訴人は、対面信号にのみ気をとられ、前方の歩行者の動きを注意していなかったことなどの実情を総合すると、控訴人の過失はゼロか、極めて低く算定されるべきものである。
第三 当裁判所の判断
一 控訴人の損害について
1 治療費、入院雑費、付添看護費、通院交通費、及び休業損害について
原判決四頁五行目から六頁三行目までのとおりであるから、これを引用する。
2 逸失利益について
(一) 甲第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一三号証、第一九号証に、原審における控訴人の供述によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人は、本件事故により、頭部及び顔面部には、頭蓋骨骨折(陥没)、急性硬膜外血腫、顔面骨折(左頬骨眼窩床骨折)、眼球打撲、球結膜下出血の傷害を受け、頭蓋形成術、顔面搬痕拘縮形成術等の手術を受けるとともに、骨盤部及び下肢部には、骨盤骨折、右下腿骨骨折等の傷害を受け、観血的整復固定術等の手術を受けた。このため控訴人は、平成六年四月一六日から同年六月二二日まで、及び同年八月二二日から九月一日まで入院加療を受けるとともに、同年七月五日から平成七年六月一三日までの間合計一四日間通院加療を受けた。
控訴人の後遺症としては、杏林大学医学部附属病院脳神経科においては、頭痛、頭部顔面知覚障害の、同病院眼科においては、左眼球陥凹、左眼球運動障害(左眼の二分の一以上の注視野障害)、左眼の左右上下視の複視の、同病院形成外科においては、顔面変形及び左右上下視の複視の各診断書が発行されている。
自動車保険料率算定会は、これにつき、頭蓋骨骨折、左頬骨眼窩床骨折に伴う外ぼう醜状障害は、男子の外ぼうに著しい醜状を残すものとして、後遺傷害等級一二級一三号に該当し(頭部、顔面部の知覚障害はこの等級に含まれる。)、左頬骨、眼窩床骨折に伴う左外直筋麻痺による左右上下視の複視は一四級に相当とし、これを併合して一二級と判断している。
以上の事実が認められる。
(二) 以上認定した後遺症の診断書によると、控訴人の後遺障害は、自動車保険料率算定会のした判断のほか、左眼の二分の一以上の注視野障害につき、一眼の眼球に著しい運動障害を残すものとして、後遺障害等級一二級一号に該当するものと認めるのが相当であるから、これと自動車保険料率算定会の認定した等級を併合して後遺障害等級一一級とするのが相当である。
控訴人の主張するその余の後遺障害については、いずれも右の等級の認定に含まれるものと解するのが相当である。
以上のとおり、控訴人の後遺障害等級は一一級と認定すべきものであるから、控訴人は、右後遺障害により、二〇パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当で、逸失利益はこれを基礎として算定すべきである。
(三) 控訴人は、控訴人にはできるだけ長く日本に滞在し、就労したい意思があり、現に八年以上在留しているのであるから、日本国内で得ていたのと同額の収入を得ることのできた期間を症状固定後二年間に限定する理由はないと主張する。
しかし、甲一八号証及び原審における控訴人の供述によると、控訴人は、昭和六三年八月二六日に中国から来日したが、平成二年五月二八日以降は本邦における在留資格を有しないまま日本国内に残留し、本件事故時はいわゆる不法残留の状態にあったものであり、近い将来、本国に帰国しなければならない状態にあったことが認められる。そうすると、控訴人は、平成二年以降不法残留の状態にあり、長期にわたって日本において就労できるとは認められないのであるから、日本国内で得ていたのと同額の収入を得ることのできた期間は、平成七年六月一三日の症状固定日から二年間であり、その後は本国に帰国した際の収入を得られるものと解するのが相当である。
(四) さらに、控訴人は、中国の平均賃金を日本の三分の一とすることは著しく不合理であるとするが、中国の労働者の賃金は、上海などの大都市においては高額化していても、地域間格差が大きいことは公知の事実であり、弁論の全趣旨によると、中国の男子労働者の平均賃金は日本の三分の一と認めることができる。
(五) 以上の事実を基礎として、控訴人の逸失利益を算定すると、控訴人は、症状固定時三二才であるから、本件事故により六七才までの三五年間、労働能力喪失による得べかりし利益を喪失したと認められるところ、控訴人は、症状固定後二年間は、一年当たり二八六万七四四〇円(控訴人の事故時の収入、一日七八五六円に三六五日を乗じた金額)に労働能力喪失率二〇パーセントと二年間のライプニッツ係数1.8594を乗じた額である一〇六万六三四三円、その後は九五万五八一三円(事故時の収入の三分の一)に労働能力喪失率二〇パーセントと、三五年間のライプニッツ係数16.3741から二年間のライプニッツ係数1.8594を減じた14.5147を乗じた額二七七万四六六七円の得べかりし利益を喪失したから、逸失利益は、その合計額三八四万一〇一〇円と認められる。
3 慰藉料額について
控訴人の傷害の部位、程度、症状固定までに要した入通院期間、後遺障害の程度、被控訴人は自賠責保険の給付のほかは何らの財産的つぐないをしていないこと等本件における諸般の事情を考慮すると、本件における慰藉料は、傷害慰藉料が二八〇万円、後遺障害慰藉料が三九〇万円の合計六七〇万円と認めるのが相当である。
4 損害の合計
控訴人の本件事故による損害は、以上のとおり、治療費六一〇万六三三〇円、入院雑費一〇万二七〇〇円、付添看護費三九万五〇〇〇円、通院交通費一万二四八〇円、休業損害三三三万〇九四四円、逸失利益三八四万一〇一〇円、慰藉料六七〇万円、以上合計二〇四八万八四六四円と認められる。
二 過失相殺について
原判決一一頁四行目から一四頁四行目までのとおりであるから、これを引用する。一四頁五行目から一六頁八行目までを次のとおり改める。
「他方、被控訴人は、被控訴人車を運転して本件事故現場付近に至ったところ、本件事故現場の手前約55.1メートルの地点で甲交差点の自車の進行方向の信号機が赤色表示しているのを発見したため、減速して進行した。そして、本件事故現場の手前約19.4メートルの地点で甲交差点の自車の進行方向の道路と交差する道路の信号機が赤色に変わったのをみて、自車の進行方向の信号機もまもなく青色に変わるものと考えて、第一車線上に停車していた先行車の側面を追い抜こうとして、前方の安全を確認することなく、加速して進行したところ、本件事故現場の手前約5.4メートルの地点で第二車線に停止していた車両の間から第一車線上に歩行してきた控訴人と連れの女性を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、約5.4メートル進行して被控訴人車を控訴人に衝突させた。
(二) 右認定の事実によれば、本件道路は片側三車線の幹線道路であり、本件事故現場から約四〇メートルの距離のところに、信号機により交通整理の行われている交差点と横断歩道があり、本件事故現場付近は歩行者の横断が禁止されている場所であるにもかかわらず、控訴人は赤信号により停止している車両の間を縫って横断を開始し、被控訴人車の走行車線である第一車線に出るに際して、被控訴人車の進行してくる杉並方面の安全を確認しないまま、停車中の車両の間から第一車線上に進入したのであるから、その過失は大きいといわなければならない。
他方、被控訴人も、本件事故直前の被控訴人車の進行方向の信号機が赤であり、しかも信号機の手前には停止車両があったのであるから、停止車両の間から横断者が出てくることも予測して運転をすべきであったのにもかかわらず、交差道路の信号機が赤色になったのをみて、自車の進行方向の信号機の表示を確認することなく、第一車線上に停止していた先行車の側面を追い抜こうとして、前方の安全を確認することもしないで加速して進行したのであるから、その過失も大きいといわなければならない。
以上のような本件事故の態様、控訴人、被控訴人双方の過失の態様を考慮すると、控訴人について四〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。
(三) よって、控訴人の損害額から四〇パーセントを減じた額は、一二二九万三〇七八円となる。」
三 右一二二九万三〇七八円から、控訴人が自賠責保険から支払を受けたことに争いがない金三四四万円を控除すると、損害残額は八八五万三〇七八円となり、これに弁護士費用として九〇万円を加算すると、被控訴人に請求しうる金額は九七五万三〇七八円となる。
四 よって、控訴人の請求は、被控訴人に対し、右金員及びこれに対する事故の日の後である平成八年一月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当である。したがって、本件控訴は、一部理由があるから、原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 淺生重機 裁判官 小林登美子)